卓球王国2026年7月号
2024年11月、ザビーネ・ヴィンターは大きな決断を下した。 代名詞とも言える「フットワークを活かした強烈なフォアハンド」を武器にするハードヒッターが、バック面をアンチラバーに変えるという、自らのプレースタイルを破壊するようなモデルチェンジに踏み切ったのだ。ドイツ代表として長く第一線で活躍してきた彼女にとって、それはあまりに大胆な挑戦だった。
今、世界で最も熱い視線を浴びる33歳。そして、ヴィンターのスタイル変更をサポートしたヘルマン・ミュールバッハの「モデルチェンジ」のストーリー。
PHOTO Remy Gros / WTT

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週4、5回の練習を課して卓球に専念し始めたのは15、16歳の頃
1992年9月27日、ドイツに生まれたザビーネ・ヴィンターが初めてラケットを握ったのは6歳の時だった。「父がスノーボードで足を骨折したのがきっかけでした。父は椅子に座っている以外何もできず、退屈していました。そこで、卓球台があった地下室に私を連れて行ったんです。父は骨折していたので椅子に座り、私はそんな父を相手に卓球をしました。それが楽しかったので、そのままのめり込んでいきました」。
ホビープレーヤーだった両親のもとで卓球に触れたヴィンターだが、サッカーやテニス、クリケットなど多種多様なスポーツを楽しみながら過ごし、週4、5回の練習を課して本格的に卓球に専念し始めたのは15、16歳の頃と、周囲に比べれば遅いスタートだった。
「それまではあまり練習していませんでした。プロのアスリート一家ではありませんでしたから、自分が卓球のプロになるとは夢にも思っていなかった。でもある時、『自分はそれほど悪くないぞ。もっと練習して、どこまで上手くなれるか試してみたい』と考えるようになりました。当時はすでにドイツのユース代表候補でしたが、周囲に比べれば練習量は圧倒的に少なかったですね」。
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