五輪代表選考会の功罪
卓球王国2024年2月号に掲載
日本卓球協会は「この選考会とは何だったのか」を総括すべきだ
これが最後となる6回目のパリ五輪代表選考会が終わった。
日本は独自の専横方式を早々とは発表し、1月の全日本選手権で選考ポイントの2位の平野美宇と3位の伊藤美誠の結果によって、シングルスの代表が決まる。
果たして、日本の五輪代表の選考方法は正しいものだったのだろうか。
選手の過密日程を作った選考方式は本当に「公平」だったのか。世界ランキングを参考にしなかったのになぜ選手たちはWTTに参戦したのか
終わってみれば何事もなかったかのような幕引きになるのだろうか。
私は2023年の3月のWTTスマッシュの取材まで、2021年に日本卓球協会・強化本部が決めた「パリ五輪代表の選考方式」について記事を書いていた。トップ選手、五輪経験者などに意見を聞きながら、「選考会の是非と選考方式の是正」を訴えた。
しかし、その後は書くことは控えた。その時期から、2024年1月の全日本選手権まで代表選考レースが激化の道をたどるのは過去の五輪で想定されていたので、記事を書いたとしても強化本部は何も変えないとわかっていたし、選手が選考会などに集中するのを妨げたくなかった。
そして、11月26日に全農カップ(パリ五輪最終選考会)が終わったので、この段階で書くべきだと判断した。
私は一貫して、五輪代表の選考方式と選考会のあり方に異議を唱えてきた。そもそも2021年の東京五輪の後、コロナ禍の中で、WTT(ワールド・テーブルテニス)というワールドツアーが十分に開催されず、また出場制限があるため、今までのように若手選手などを派遣できない。そのような状況下での世界ランキングは正確に選手の強さが反映されないという理由で、日本卓球協会は独自の選考方式を採用した。
6回の国内選考会、世界選手権、大陸の競技会・選手権、全日本選手権、Tリーグ個人戦、Tリーグでの勝利ポイントを合算した選考ポイントで順位を決めて、上位2名は五輪のシングルス枠に内定し、3人目は強化本部推薦で選出するというものだった。途中からはなぜか中国のトップ3選手に勝利したら加点する基準も追加された。
当初からこの選考方式にはいくつかの問題点が指摘されていた。まずは競技方式の違う、しかも団体戦のTリーグの勝利がなぜ選考対象となったのか。また、五輪を狙う選手が、海外リーグで力をつけるという機会を奪う形となった。(たとえばドイツのブンデスリーガとTリーグは重複して参戦できない)。
さらにトーナメント方式の選考会の結果で、世界選手権やアジア競技大会の選手を選ぶというリスキーなやり方を採用した。つまり試合結果が組み合わせに左右されやすくなる。人数を絞り込んだリーグ戦方式はなぜ採用されなかったのか。
さらに国内選考会を重視したために過密日程と内向きの選手強化になった。2022年からWTTはフィーダー、コンテンダー、スターコンテンダー、チャンピオンズなどの試合を開催してきた。
◦早田ひな・22年5/23年12
◦伊藤美誠・22年6/23年8
◦平野美宇・22年7/23年7
◦張本智和・22年7/23年10
◦戸上隼輔・22年8/23年11
以上がWTTへの参戦数。それ以外の世界選手権やアジア選手権などを含めると早田は23年は16大会、戸上は15大会に出場した。世界ランキングを参考にしないと発表したのにもかかわらず、日本のトップ選手たちはWTTに参戦した。
強化本部が当初挙げた「WTTが開催されず、世界ランキングが正確でない」という前提はすでに崩れていた。そこに選考対象となる選考会やTリーグの試合が入ってきて、23年の夏頃には五輪を狙う選手たちは相当疲弊していた。以前と違ってWTTに出場制限は多少あるものの、張本美和のようにユースの試合でポイントを獲得しながら世界ランキングを上げることはできるのだから、世界ランキングが若手にとって公平性を欠くとは言えないだろう。
また、選考会に照準を絞りながらも、WTTに出場している選手たちからは、「国際大会と国内選考会ではプレーのやり方を変えないといけない」という言葉が選考会のたびに繰り返された。世界ランキングを上げることは国際競争力とイコールであるはずだ。本来は日本における五輪代表の選考というのは、「五輪でメダルを獲得するための最強メンバーを決めること」なのに、国内で勝つために選手たちは時間を費した。
世界ランキングによる出場枠と関係ないために早々と代表を決めた日本。結果的に功罪の「功」の部分になった
「公平性」という名のもとに選考方式を作った強化本部が、Tリーグを選考基準に組み込み、トーナメント方式の選考会によって、公平性を欠いた選考基準を作ってしまったのはなんとも皮肉だ。
ITTF(国際卓球連盟)は2024年6月18日の世界ランキングの上位32名(1協会最大2名)をシングルス代表として選ぶことを発表している。日本卓球協会は世界ランキングによる権利を取得できる選手がいても、選考会をスタートした頃から「国内選考で選んだ2名が、世界ランキングの日本選手上位2名に入らない場合は、世界ランキングでの自動出場枠をキャンセルして、国内で決める2名にする」ことをITTFに確認したが、このような選考方式を取っているのは今のところ日本だけだ。
日本の選考方式には功罪があり、前述したのは「罪」に近いものだが、「功」の部分もある。それは日本だけが早々と代表が確定していったことだ。11月の6回目の選考会の結果を待たずに、張本、戸上、早田の3人は五輪代表をほぼ確定させていたので、そこから8カ月間ほどを五輪のための強化に充てることができ、24年6月までの過酷な代表レースを回避することができた。
女子のシングルス2人目の枠を巡っては、1月の全日本選手権が「五輪代表最終決定戦」という位置づけとなる。五輪代表選考ポイントで2位の平野美宇は486、3位の伊藤美誠は451.5で、その差はわずか34.5。全日本卓球での獲得選考ポイントは1位120、2位100、3位80、ベスト8は50、ベスト16が20だ。
1988年ソウル五輪から卓球競技が採用され、今までは世界ランキング上位者、もしくはアジア大陸予選によって五輪代表が決まってきた。全日本選手権という権威と伝統のある大会が、初めて五輪最終予選になったことに複雑な思いを抱く人は少なくない。
いずれにしても五輪代表が決まったら、日本卓球協会と強化本部はこのパリ五輪代表選考方式の総括をするべきだろう。
果たして本当の意味でこの選考方式が公平だったのか? 選手へのダメージはなかったのか? 常々「選手ファースト」と言っている協会が実施した選考会が「選手ファースト」ではなく、「テレビファースト」ではなかったのか。WTTの大会が増えた段階で、選考方法の修正はできなかったのか。
総括したうえで、強化本部の考えをメディアに公表してほしいと願う。 ■
11月の全農カップの優勝者、戸上隼輔(左)と張本美和。6回の選考会はいずれもスポンサー名だけで「パリ五輪代表選考会」という名称を明記しなかったのはなぜか。エンターテインメントではなく、明らかに選考会だったのに……