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【セカンドキャリア】荻野博之「卓球で養った集中力はソムリエとしての勉強や仕事でも活きましたね」 

[世界選手権元日本代表/ソムリエ・エクセレンス]

卓球王国2024年9月号掲載 「セカンドキャリア。選手たちのその後」vol.14

現役時代、自らの運動能力の限界に気づきながらも努力を重ね、全中3位、インターハイ2位と成績を残し、大学3年では世界選手権の日本代表にもなった荻野博之。
実業団を経て、家業の酒屋を継ぎ、ワインアドバイザー全国大会で優勝をした。大会に何度も挑戦した負けん気、試験での集中力、そして今は接客での対応力は卓球と共通するものだと感じている。

Text by

今野昇Noboru Konno

[おぎの・ひろゆき]
1963年生まれ、東京都出身。立川一中で出場した全国中学校大会3位、熊谷商高に進み、インターハイ2位、学校対抗2連勝。中央大に進み、大学3年で世界選手権の日本代表。川鉄千葉でプレーした後に、家業の酒屋を継ぎ、ワインアドバイザーの全国大会で優勝した。現在は東京都立川市の「エスポアおぎの」でワインを中心にした酒販店を営んでいる。現在、日本ソムリエ協会認定ソムリエ・エクセレンスの資格を有する

ぼく自身は凝り性だけど、卓球をやめた時にソムリエになるなんて考えもしなかった

 東京の立川市のフジミクラブで卓球を始めて、青卓会に入った後に、フジミクラブに戻り、全国中学校大会では齋藤清(のちに全日本チャンピオン)に敗れて3位。高校は熊谷商高に進み、インターハイ2位。中央大3年の時に世界選手権東京大会の日本代表として出場して、実業団では川鉄千葉でプレーし、その後、実家の酒屋を継いだ。ワインの勉強をし、2003年ワインアドバイザー全国大会で優勝している。日本ソムリエ協会認定のソムリエ・エクセレンスの資格を持っている。

 小さい頃、体が丈夫でなくて、父に「何かやってみろ」と言われ、柔道は投げられると痛いから、剣道はたたかれると痛いからと避けて、卓球なら痛くないからと、家の倉庫の2階にあった卓球場で始めたのが小学4年。父がカットマンだった影響で自分もカットマン。私は運動能力が全くなく、大学の時でも「おまえは卓球以外だめだな」と言われてました。俊敏性もないし、パワーもなかった。スポーツとか勝負事に全く向いてなかった。

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