【アーカイブ]ティモ・ボル「ぼくはエゴイストだよ。エゴイストじゃなかったらスポーツなんてできないでしょ」
卓球王国2002年12月号掲載より
21歳という若さで言えば、それはセンセーショナルな優勝だっただろう。
しかし、その実力をもってすれば、ヨーロッパ選手権での優勝は彼にとってまぐれでもなく、
実力通りのタイトル奪取で、ティモ・ボルがヨーロッパ卓球界の盟主であることを強く印象づけた。
ボルがヨーロッパ選手の中では、もっとも世界タイトルに近い選手であることは確かだ。
しかし、彼はチャンピオン特有の相手を突き刺すような自我も、強烈なオーラも放たない男なのだ。
<このインタビューは22年前に彼がヨーロッパ選手権で初優勝を飾った後に行ったインタビューである。若くして「卓球キング・ワルドナー」から皇帝の冠を奪ったティモ・ボル。しかし、その語り口はあまりに穏やかで、好青年そのものだった>
写真 ● 高橋和幸 通訳 ● 今村大成(タマス)
Interview by
ティモ・ボル
1981年3月8日生まれ。ドイツ・ヒュースト出身。早くからヨーロッパユース選手権のカデット、ジュニアで優勝するなど頭角を現し、史上最年少の15歳でブンデスリーガでプレーするなど注目を浴びた。2002年4月のヨーロッパ選手権(ザグレブ)では21歳にして男子シングルス、ダブルスで優勝を飾る。世界ランキング5位(2002年9月発表)
お客さんが多ければ多いほど、その試合の意味が大きければ大きいほど楽しいですね
それはヨーロッパ、いや世界の新時代を象徴するシーンだった。
4月のヨーロッパ選手権で圧倒的な力を見せ、単複での優勝をもぎ取ったドイツの21歳のティモ・ボル。唯一、タイトルを落とした団体戦の決勝ではスウェーデンから2点を奪い、ワルドナーをも圧倒した。
しかし、ボルが優勝しても、ヨーロッパでは新旧交替とは言われていない。「新」が彼しかいないからだ。言い換えれば、ヨーロッパ卓球界の屋台骨を彼ひとりで支えていると言っても過言ではない。
ジュニア時代からその才能にヨーロッパの関係者は注目していた。ドイツの至宝として育てられ、早くにプロの道を志し、世界最高リーグのブンデスリーガでもまれ、力をつけていった。2001年4月に世界ランキングを32位まで上げ、その後1年間で、プロツアーなどでコンスタントに成績をあげ、ヨーロッパ選手権の優勝で一気に世界ランキング3位まで上りつめた。しかし、9月のジャパンオープンでは荘智淵に完敗。ヨーロッパチャンピオンとは言え、絶対的な強さを誇っているわけではない。
自信満々に奢(おご)り高ぶるでもなく、謙虚すぎるほどに引いているわけでもない。まるでたわいのない世間話でも始めるかのごとく、彼は語り始めた。
◇◇
●―ヨーロッパ選手権の優勝から話を聞きましょう。21歳という若さでつかんだビッグタイトル。君自身は何か変わりましたか。
「自分自身は何も変わっていない。チャンピオンになってしばらくはまわりが騒いでいたけど、それも静かになって、今は以前と同じような感じですね」