呉光憲の申裕斌への手紙「申裕斌だったらできるよ。申裕斌らしくプレーすればいいよ」。彼はパリに爪痕を残し代表チームを去った
水谷隼、今明かされる「全日本の真実」。進化する過程での6度目の優勝。なぜ全日本で完勝できたのか
卓球王国2024年2月号 vol.9
Text by
水谷隼Jun Mizutani
24歳、ロシアリーグ参戦が大きな転機となった。ストイックなプロ生活に入っていく
2013年1月の全日本選手権の決勝で丹羽孝希に敗れ、2年連続で全日本での優勝を逃した。その後、秋にロシアリーグに参戦、そして専任コーチとして邱建新と契約した。当時、24歳。まさに心機一転のシーズンだった。
結果的にロシアリーグでのプレーは大きな転機となった。「UMMC」というチームだったが、チームメイトもプロ意識が高く、シバエフ(ロシア)、モンテイロ(ポルトガル)、譚瑞午(クロアチア)、ウラソフ(ロシア)がいて、ヘッドコーチはゾッキこと、プリモラッツ(クロアチア/元世界3位)だった。