上田仁の変貌。「言わないことが気遣いなのか。自分の価値観が変わった」
卓球王国PLUS独占インタビュー 上田仁(ケーニヒスホーフェン)Vol.3
上田仁●うえだ・じん
1991年12月10日生まれ、京都府出身。一条クラブ、青森山田中・高、青森大を経て、協和発酵キリンに入社。高校時代に全日本選手権ジュニアを連覇、2008年度は一般3位。12年全日本学生選手権で優勝、15年から全日本社会人選手権3連覇。15年2月のチームワールドカップで活躍し、チームの決勝進出に大きく貢献した。2018年の2月に協和発酵キリンを退社し、プロ選手として活動。世界ランキング最高位は23位(2018年5月)。2023年のシーズンからドイツにわたり、「ケーニヒスホーフェン」に所属し、23~24年7勝6敗(後半戦のみ)、24~25年前半戦は9勝4敗
Interview by
負けているときに周りが怒っているのを見ると、「試合をやっているのは俺だろ、お前がやってみろ」と思ったりもしました
上田仁は中学1年、12歳の時に親元を離れ、青森山田中学の門を叩いた。当時の青森山田はまさに「虎の穴」。全国から才能あふれる選手が集まり、吉田安夫監督の元、切磋琢磨して、日本代表になることを競っていた。
上田は全日本ジュニアで連覇するなど順調に力をつけ、青森大で全日本学生チャンピオンになり、協和キリンに入社。全日本社会人で連覇するなど、順風満帆な卓球人生を送っていた。頭脳明晰で将来は指導者としても成功するだろうと誰もが思っていたが、27歳で会社を辞め、プロ転向。そして31歳で家族とともに海を渡り、ブンデスリーガに挑戦するという大きな決断を下した。
上田仁が人生を賭して挑んだドイツの地は彼の何を変え、上田は何を見つけたのだろうか。そこに、「ドイツに挑戦する男たち」の「Reason Why」がある。
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●ードイツにいることで逆に日本人を意識するってことはあるんだろうか。
上田 試合中は基本的に意識しないですね。そこまで深く考えることはなく、試合の振る舞いについても、日本にいるときと同じようにあまり意識していません。ただ、村松雄斗は試合の時に完全にドイツ人化していると思います(笑)。それについては特に気にしないというか、卓球に没頭できているのだろうなと思います。それに、興奮してアドレナリンが出ているときに、日本人としてどうあるべきかまで考える余裕はないです。