
[ようこそ卓球地獄へ/アメリカン卓球ライフ] アメリカン卓球ライフ
卓球王国ブックス「ようこそ卓球地獄へ」<第4章 アメリカン卓球ライフ>より <その41>

Text & Illustration by
何か途方もなく間違った行為だとは思ったが、断るのはもっと間違っていると思い、心を鬼にしてサインをした
私はアメリカ赴任中は卓球をする情熱はほとんどなくなっていたのだが、それでもクラブ仲間に誘われて年に2、3回はあちこちの試合に参加していて、アメリカならではの印象深い経験をした。
私はドーサン近辺ではトップクラスなので、なにかと注目されたものだった。試合はいつも6人ぐらいずつのグループに分けられて総当りをやるのだが、試合前にいろんな人がやってきて私のグループのリストを見て「大丈夫、お前が負ける相手はいない」などと言ったりする。私のことが気になって仕方がないのだ。日本ではこういう立場になったことはなかったので、実にくすぐったいような良い気持ちがする。また、女子大生がやってきて「ラケット見せてもらっていいですか」などと言われたこともある。嬉しくて笑いを堪えるのが大変である。これも真面目に卓球をしてきたご褒美だ。さすがに優勝して小学生からサインボールを頼まれたときには、何か途方もなく間違った行為だとは思ったが、断るのはもっと間違っていると思い、心を鬼にしてサインをした。
ドーサン近辺では卓球の基本を教える人がいないので、ほとんどの人が自己流である。フォア打ちのときに膝を使って腰を回す人は皆無だし、ラリー中は届かないボールが来たとき以外は足を動かさない。疲れないものだから、平気で5時間も6時間も練習をする。私は、日本に根強い基本偏重、フォーム偏重に批判的な考えを持っているのだが、彼らを見ているとその信念が揺らいでくる。彼らは大きな立派な体をもち、まさに私の推奨どおりフォームなど気にせず自由にのびのびと “実戦的な練習”をやりたいだけやって、そしてその結果がこのザマなのだ。卓球は自然に上手くなどならないのだ。