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ニッタク 101年目のラブオール〈アーカイブ・中編〉

卓球王国2021年3月号掲載
写真=江藤義典 photographs by Yoshinori Eto
写真提供=ニッタク photo courtesy of Nittaku Co., Ltd.

Text by

柳澤太朗 Taro Yanagisawa

2020年に創業から100周年を迎えた、『ニッタク』ブランドの日本卓球株式会社。原点であるボールの製造にこだわりながら、総合卓球メーカーとして成長してきた。節目の年を越えて見据えるものは、新たなる100年への道筋だ。

「日本と中国の合弁企業でウィン・ウィンの結果はあまり多くない。ニッタクと紅双喜にはそれができたんです」(高林博光)

 現在(2021年1月)、リオデジャネイロ五輪の男女シングルスチャンピオンである中国の馬龍、丁寧とスポンサー契約を結ぶニッタク。中国との繋がりの源流をたどると、やはりボールに行き着く。

 世界最大の卓球メーカーで、中国ナショナルチームの用具サプライヤーである紅双喜。ニッタクとの最初の提携は1984(昭和59)年、時の世界チャンピオンである郭躍華の使用モデルとして発売された紅双喜の『双喜PF4』ラケットと『双喜PF4』裏ソフト、そして表ソフトラバーの『双喜PF4−651/652』の輸入だ。重く硬質なシナ材のラケットと、強烈な回転量を誇る粘着性裏ソフトは、未知なる卓球大国から吹き抜けた一陣の風だった。

 「ニッタクの前身であるハーター商会も、紅双喜も創業の地は上海。先代の向原(一雄)社長は歴史もよく勉強されていた方だから、やはり上海という街に対しては思い入れが違っていたように感じます」

 ふたつのブランドの「縁」について語るのは、ニッタク専務の高林博光(中国名・邵博雲)だ。1992(平成4)年、ニッタクと紅双喜の合弁会社『DNS(上海双喜ニッタク卓球器材有限公司)』が設立された地も上海だった。

高林博光・DNS社長(右)と丁寧(写真は2018ITTFスターアワード)

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