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【セカンドキャリア】平野友樹「卓球界にいたほうが気持ち的には楽です。でも、その『楽』を求めると成長はないなと思いました」

平野友樹[全日本選手権3位/ひらのエステート]

卓球王国2026年3月号掲載 vol.29

2017年1月の全日本選手権・男子シングルス準決勝。王者・水谷隼を追い詰めたのが、平野友樹だった。野田学園高、明治大、協和キリンと、卓球エリートの道を歩み、日本代表を目指してきた日々。日の丸の夢は叶わなかったが、30歳でラケットを置き、32歳で退職した。
平野は昨年、宅地建物取引士の資格を取得。不動産業で自立の道を歩もうとする一方で、卓球を通じた社会貢献活動にも力を入れている。

Text by

今野昇Noboru Konno

[ひらの・ゆうき]
1992年7月23日生まれ、栃木県鹿沼市出身。秀光中等教育学校時代に全日本カデット優勝、全国中学校大会優勝、全日本ジュニア準優勝。野田学園高では全日本ジュニア準優勝、インターハイで男子ダブルス優勝。明治大進学後、全日本学生選手権男子ダブルスで3回優勝。協和キリン入社後、全日本選手権で男子シングルス3位入賞。現在はひらのエステート(栃木県宇都宮市)に勤務

2017年の全日本男子シングルスの準決勝で王者・水谷隼を追い詰めた平野

野田学園高1年の時の平野友樹(全日本ジュニア)

現役時代、練習での水谷隼さんの厳しさに触れ、全日本では水谷さんの強さを感じた 

 6歳から城山クラブで卓球を始めた平野友樹。8歳上には五輪メダリストの姉、平野早矢香がいた。中学は仙台の秀光中等教育学校に進学。全国中学校大会で優勝、全日本カデットでも優勝し、中学3年時には全日本ジュニアで準優勝。その後、仙台育英学園高に進学し、半年後に橋津文彦監督とともに野田学園高へ転校した。

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