ロゴ画像
卓球王国PLUS > 読み物+ > 【今枝流 勝者の思考学】第3回「こちらは情報をたくさん仕入れて、相手には情報を与えない」
記事見出し画像

【今枝流 勝者の思考学】第3回「こちらは情報をたくさん仕入れて、相手には情報を与えない」

 選手として全日本チャンピオン、世界選手権日本代表の経歴を持ち、指導者としてもインターハイ学校対抗で8連覇を達成した愛工大名電高・今枝一郎監督。その今枝監督に選手、指導者としての多くの経験を踏まえた「勝つための考え方」を語ってもらう。

●今枝一郎(いまえだ・いちろう)
1974年11月6日生まれ、愛知県出身。全中・インターハイ・全日本ジュニア・全日学でシングルスを制し、1994年には全日本選手権シングルスで優勝。日本代表として2度世界選手権に出場。引退後は母校・愛工大名電高で監督を務め、インターハイ学校対抗8連覇、高校選抜7連覇

今の1球は「本物か、偶然か」。自分の苦手を隠すことも重要

 前回は試合で相手を探り、戦術を立てていく基本的なチェックポイントを紹介しました。その中で相手の得意・不得意を確認する際は、「今のボールは本物か、偶然か」「そのボールの質は高いのか、低いのか」も意識すべきポイントになります。

 まず、相手の「ここが弱いはず」と考えて、そこを攻めてみたら、会心のボールが入ってきたとします。そこで「あそこは苦手じゃない。自分の仮説は違っていた」と考えるのではなく、「今のボールは本物か、偶然か」と疑ってみる。それは、相手にとって本当は苦手な部分であっても、苦し紛れに打ったボールが偶然入ってきた可能性もあるし、ハッタリで強打したボールが入った可能性もあるためです。その1球で「ここは苦手じゃない」と判断してしまうと、その後の戦術の判断を誤ることもあります。

 良いボールが入ってきた時ほど「今のボール、本物か?」と考えて、もう一度同じように打たせて確認しても良いでしょう。もし連続で入ってくるようであれば、そこは避けるようにしますが、2本目でミスをしたら、その技術の成功率は50%。さらに3本目もミスをするようであれば、成功率は約30%です。そうなれば「この選手は成功率3割の技術を選択する。無理してでも打ってくるんだな」と考えて、戦術を練って試合を進めていきます。

 また、相手のボールの質も見極めておくべきポイントです。相手にとって得意な技術やパターンだとしても、ボールの質が低く、こちらにとって脅威でなければ、そこで勝負しても良い。「入った、入らなかった」で終わるのではなく、その質も含めて戦い方を考えていきます。

 そして、反対に自分の苦手な技術やパターンは隠すようにする。苦手な部分を攻められて失点した際、それを表情や仕草に出すのは相手に「ここが苦手」と教えるようなものです。嫌なところを突かれて失点しても、何もなかったかのように淡々とプレーしていれば、弱点はバレにくくなります。こちらが「偶然」で入った時も、さも当たり前のように振る舞えば良いのです。

 「隠す」ことはレベルが上がるほど、重要になってきます。トップ選手は常に相手の考えを読み合って試合をしていますが、「この選手はこうやって戦ってくる」というのがバレてしまうと、すぐに対処されて勝つのは難しくなる。だからこそ、「隠す」ための工夫も求められるのです。

 フランスのアレクシス・ルブランのように、毎回ポジションやスイング、回転、コースを変えてサービスを出すのも「隠す」工夫のひとつ。狙いはいつも「フォアミドルを攻める」であっても、毎回そこにたどり着くまでの道筋(サービス)を変えることで、相手の目線を変えて、狙いがバレるのを防ぐことにもつながるでしょう。

 これまで指導してきた選手を見ても、勝てる選手は「隠す」ことがうまい。前回も話しましたが、ミスをして首を傾げたり、納得いかないような仕草をするのは、意識が相手ではなく自分に向いている証拠。苦手な部分を突かれてミスが出ても、表情や仕草には出さず、それを受け入れて戦い方を考えたほうが勝利に近づくはずです。

 何を考えているのかわからない選手というのは、相手にとって怖いものです。こちらは情報をたくさん仕入れて、相手には情報を極力与えないことを心がけましょう。

Round of 64 , singles , Paris 2024 Olympic Games, South Paris Arena 4, 27 July – 10 August 2024

「自分の得意で勝負」でも、相手に意識を向けておく

 次に格上の選手と格下の選手の対戦における考え方について解説します。技術的、戦術的に相手が格上の場合、試合の中で仮説を立てて確認を繰り返して戦っても、それが通用しないこともあります。戦術は「自分がこうしたい」ではなく、「相手がこうだからこうする」と、「相手中心に考えるもの」だと解説してきましたが、戦術が通用しない時、最後に残るのは「思い切って、自分の得意で勝負する」という手です。

 「自分優先より、相手優先で戦術を立てたほうが勝ちやすい」というのが私の考え方ですが、「自分優先」にも良さがあり、それはハマった時の強さ。相手が格下でも、自分の想定を超えるプレーをされた場合、それを受け止める勇気とメンタルがないと飲み込まれてしまうこともある。特に団体戦のラストでそうした選手と対戦するのは怖さがあります。

 それまで戦術が通用しなかったのに、自分の得意な部分で勝負してみたら、優位な試合展開になることもあると思います。ただ、しっかりと戦術を練ってくる相手であれば、次第にこちらの得意を封じてくる。そうなると勝負どころで最後に得点するための一手がないと、結局は負けてしまいます。

 それを乗り越えるために、最後に求められるのは、やはり戦術です。自分の得意で勝負するうちに、それまで気づかなかった相手の弱い部分が見えてくることもあるので、それを見逃さないようにする。「思い切って自分の得意で勝負する」と言っても、ただ「捨て身」でプレーするのではなく、相手に意識を向けて、考えながら戦うことが大切なのです。

 格下の選手と対戦し、勢いに押されて負けてしまう選手と、最後に踏ん張って勝ち切る選手の違いも、どれだけ考えて準備していたか、相手を見て戦術を練っていたかだと思います。

 格上の選手が格下の選手に敗れる試合で多いのは、何も考えずに「なんとなく」で試合に入り、リードされて焦り始め、最後まで後手に回って対応が追いつかないケース。試合への備えが不足していたために、想定外の展開に対処できずに負けてしまうのです。

 格下相手であっても試合に向けて情報を集め、試合中も相手を観察しながら「こうなったらこうしよう」と準備をしておけば、リードされても想定内。技術、戦術では相手を上回っているはずなので、最後には逆転して勝ち切ることができるでしょう。また、どんな相手に対しても、試合の中で戦術を変更していくことが大事です。

 卓球、試合に限ったことではありませんが、「考えない」ことは何事においてもマイナス。私自身もそうでしたが、「考える」ことが、苦しい局面で自分を助けてくれると思います。

Text by
苗字 氏名Kosuke Takehara