
[ようこそ卓球地獄へ/妄想卓球スパーク!] 卓球用語
卓球王国ブックス「ようこそ卓球地獄へ」<第3章 妄想卓球スパーク!>より <その21>

卓球のテレビ放送でバッククロスのことを“逆クロス”などと、卓球界で誰ひとり使わないテニス用語を使われる屈辱に甘んじるのは、もう終わりにしようではないか
卓球を知らない一般人にとって、卓球用語ほどやっかいなものはないだろう。まるっきり知らない単語ばかりならあきらめもつくが「表は裏で裏は一枚の中ペンです」とか「あのチームはカット二枚にツブまで揃えてる」とか「昔はクロクロのアンチでね」などと、わかりそうでわからないところがややこしい。ヘタに日常用語との共通点があるところがやっかいなのだ。
それがもっとも悲劇的な形で現われるのが、卓球バカが床屋に行ったときだ。
「カットお願いします」
「どれくらい切りましょうか」
「切ったり切らなかったり変化をつけてください」
「は?……あの、長さはどれらいに……」
「ああ、サービスは短くお願いします」
「いや、サービスってあんた……」
「でも、あんまり切らないでくださいね。まあ、どっちみち払えないんですけど」
「なんだとニイちゃん」
という具合になるので注意が必要だ。
もちろん、卓球独特の用語もたくさんある。この連載のタイトルにも入っている「逆モーション」もそうだ。広州の世界選手権で、テレビ東京の解説の岸田さん(日本生命)に解説で使うように言ったら本当に使ってくれた。話のわかる人だ。卓球発の言葉として一般化したい。卓球のテレビ放送でバッククロスのことを“逆クロス”などと、卓球界で誰ひとり使わないテニス用語を使われる屈辱に甘んじるのは、もう終わりにしようではないか。
「フォア前」などという用語もいかにも卓球らしくておもしろいと思ったが、ネットで検索してみると、テニスでもバドミントンでも使っているとわかり、がっかりした。
「ナイス」などという小ざかしい掛け声はやめて明日から「グーッ」と叫ぼう。これで他校と差がつくこと間違いなしだ
話は大きくなるが、卓球に限らず、日本のスポーツはどうして中途半端な英語の掛け声を使うのだろうか。その代表が「ドンマイ」だ。英語のdon’t mindが元だが、日常そんな英語はひと言も使わないくせに、スポーツのときだけどうして使うのか。スポーツが英語圏から入ったからだろうか。それも違う。英語圏の人はプレー中にdon’t mindという習慣はない。「ドンマイ」は、日本人が勝手に作った掛け声なのだ。それなら思い切って日本語で「気にすんなー」と叫んだ方がいいだろう。どうしても「ドン」というパンチのある音が欲しければ「どんげー」と宮崎弁でも叫んだ方が、くだらん英語よりよほどマシだ。
また、得点したときの「ナイス」(nice)もいかがなものか。どうして同じ意味でもっと一般的な「グッド」(good)を使わないのか。「ナイス」などという小ざかしい掛け声はやめて明日から「グーッ」と叫ぼう。これで他校と差がつくこと間違いなしだ。
格闘技じゃあるまいし「ファイト」(戦え)もいただけない。「ふぁいとふぁいとおー」なんてドスの効いた声で叫びながら練習しているのを聞くといたたまれなくなる。こんなものは、指導者が選手のやる気を確認して安心するために言わせているだけのたわ言だ。それならわけのわからない英語などやめてもっと直接的に「今日こそ俺はやるぞー、やるぞやるぞやるぞー」とでも叫ばせておけばよい(ただし「ガンバ!」はNG)。
卓球で構えのときに発する「サッ」というのは、一見奇異に聞こえるかもしれないが、実はこれこそ日本古来の言葉であり、中途半端な英語もどきなど足下にも及ばない由緒正しい掛け声である。いっそのこと歌舞伎のように「さあさあさあさあさあ」と掛け合いをしてみてはどうだろうか。小心者の王皓など、腰を抜かすこと間違いなしだ。
カウントをするときに「ワン・ゼロです」などとバカ丁寧になんでもかんでも「です」をつけさせる指導者がいるようだが、選手が将来、国際試合に出て敗者審判をするときのことを考えて欲しい。「ラブ・オールです」などと口走ったらどうなる。デス(death)とは英語で「死」だ。試合開始直後にいきなり死を宣告される外国選手の身にもなってみろと言いたい。どうしてもカウントに語尾をつけたいなら、誤解を許さぬよう「ラブ・オールでありんす」などとすべきだろう。
以上のように、卓球選手たるもの、用語ひとつとっても常に深く深く考えることが大成への近道である。さあ、明日からオリンピックめざして「グーッ!」だ。受験勉強中の君も、朝まで「グーッ!」だ。
●卓球界に衝撃を与えた抱腹絶倒の連載コラム「奇天烈逆も〜ション」を編纂した「ようこそ卓球地獄へ」(2014年発刊)からの掲載です
■Profile いとう・じょうた
1964年岩手県生まれ。中学1年からペン表ソフトで卓球を始め、高校時代に男子シングルスで県ベスト8。大学時代、村上力氏に影響を受け裏ソフト+アンチのペン異質反転ロビング型に転向しさんざんな目に遭う。家電メーカーに就職後、ワルドナーにあこがれシェークに転向するが、5年かけてもドライブができず断念し両面表ソフトとなる。このころから情熱が余りはじめ卓球本を収集したり卓球協会や卓球雑誌に手紙を送りつけたりするようになる。卓球本収集がきっかけで2004年から月刊誌『卓球王国』でコラムの執筆を開始。世界選手権の[裏]現地リポート、DVD『ザ・ファイナル』の監督なども担当。中学生の指導をする都合から再びシェーク裏裏となり少しずつドライブができるようになる。2017年末に家電メーカーを退職し卓球普及活動にいそしむ。著書に『ようこそ卓球地獄へ』『卓球天国の扉』がある。仙台市在住。


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