早田ひな(前編)「今はもう頭の中が高校生の時のようで、卓球が楽しくてしょうがないんです」
早田ひな(後編)「今は『シーズン2』というか、新しく生まれ変わって、また一から強くなっていく段階」
卓球王国2026年6月号掲載

SPECIAL INTERVIEW
HAYATA Hina
早田ひな[日本生命]
パリ五輪で刻んだ栄光と、その代償として残った左腕の痛み。
絶望の淵で早田ひなが下したのは、かつての理想を追い求めることへの決別だった。
再起ではなく、新生へ。早田が歩み始めた第2章の真意に迫る。
◆ はやた・ひな 2000年7月7日生まれ、福岡県出身。4歳から石田卓球クラブで卓球を始め、12年全日本選手権ホープスで準優勝。13・14年全中で優勝。16年インターハイ優勝。23・24・25年全日本選手権シングルス3連覇、18・19・20・22・23年全日本女子ダブルス5連覇。23年世界選手権シングルス3位。24年パリ五輪シングルス銅メダル、団体銀メダル。世界ランキング9位(3月30日現在)。日本生命所属
Interview by
中川 学Manabu Nakagawa

「これまでの経験があるからこそ、何が必要かも見えてくる。そのピースがうまく噛み合えば、ロスで金メダルという目標に近づける」
早田ひなは、光と闇の狭間でもがく1年を過ごした。
左手首の故障が長引き、理想と現実の乖離に苦しみながら、それでも歩み続けた日々。勝利を手にしても拭えない違和感と、過去の自分に引き戻される感覚。
その停滞を打ち破るために、彼女は何を捨て、何を選んだのか。
迷いの中で、早田が見出した光は、過去に戻ることではなく、新たな自分へと踏み出す覚悟だった。
◇◇
●─12月以降の国際大会、特に2月のWTTシンガポールスマッシュでは蒯曼選手に勝ったりと結果も出てきています。12月からの改革が、早い段階で効果として現れているということなんでしょうか?
早田ひな(以下・早田) そうですね。でも正直、もうちょっと時間はかかるかなとは思っていました。
大きかったのは1月の全日本が終わってからの変化ですね。手首のことで病院に行った時に、「もうテーピングは外してしまっていいんじゃないか」という話になって。それまでは、現役を終えるまでずっとテーピングをしながらプレーすることになるんじゃないかと思うくらいだったので。

