呉光憲の申裕斌への手紙「申裕斌だったらできるよ。申裕斌らしくプレーすればいいよ」。彼はパリに爪痕を残し代表チームを去った
[Goods Story 梁英子]割れてもなお手放せなかった唯一無二のグリップ
別冊卓球グッズ2015掲載 グッズストーリー ~知られざる用具秘話~
Text by
渡辺友Tomo Watanabe
梁英子[ ヤン・ヨンジャ]
1964年7月6日生まれ。83年世界選手権東京大会では初出場ながら女子シングルスで準優勝という成績を残した。その後、体調不良で低迷したが、87年ニューデリー大会では、女子シングルスで2度目の準優勝、玄静和と組んだ女子ダブルスで初の世界タイトルを獲得。そして、88年ソウル五輪でも女子ダブルスで金メダルに輝いた
写真=高橋和幸(ラケット写真)
「このラケットは一度割れているのです。でも、この感触に慣れていて、手放すことができず、修理をして使い続けました」
1980年代、中国という高い壁に挑み続け、そして女子ダブルスでは2度、世界の頂点に立った韓国女子卓球界のレジェンド、梁英子。豪快なフォアハンドドライブと正確なバックショートが特長の右ペンホルダードライブ型で、83年の世界選手権の女子シングルスでは初出場ながら決勝進出を果たすなど、大舞台での集中力、勝負強さにも光るものがあった。そんな彼女の手に握られていたのは、日本で生まれた桧単板の角型ペンホルダー。手に吸い付くようなグリップが梁英子を魅了した一本だった。