【セカンドキャリア】李龍飛「日本の温かさに触れて歩み始めた、第二の卓球人生」
李龍飛[大阪・元中国ナショナルチーム2軍/Dream卓球クラブ代表]
卓球王国2026年6月号掲載 vol.30
中国の精鋭が集うナショナルチームで、同世代の張継科や馬龍らと凌ぎを削り、怪我による挫折を経て19歳で来日した李龍飛。言葉の壁や文化の違いを乗り越え、指導者として2011年山口国体少年女子3位やトップ選手の育成に貢献。
現在は自身の卓球場を拠点に、世界を見据えた指導に邁進する氏の半生と、育成への信念を聞いた。
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[り・ろんふぇい]
1988年10月29日生まれ、中国・山東省出身。「体が細い」という理由で、5歳から遊びで卓球を始めるが、すぐに頭角を現す。山東省のジュニアチームに入ると一歳上に張継科がいて、切磋琢磨(せっさたくま)しながら力をつけていった。16歳で中国ナショナルチーム2軍に入るも怪我のために離脱。2007年に山口国体の指導で来日し、そこから日本での指導を始める。現在は大阪市の『Dream卓球クラブ』代表として子どもからシニアまでを指導。田中佑汰(ファースト)のプライベートコーチ、女子JNTコーチも務める

16歳での挫折から運命を変えた日本からのオファー
「とりあえず1年だけ行ってみよう」。怪我により第一線での選手生活を終えようと考えていた李龍飛は、日本からのオファーを受けて海を渡った。
それから19年の月日が経ち、今では日本のトップ指導者のひとりとして、全国タイトルや入賞など、多くの子どもたちを育てている。
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私は1988年10月29日、中国の山東省済南市で生まれました。卓球を始めたのは5歳の頃です。両親は卓球とは全く関係のない仕事をしていましたが、父の知り合いに卓球コーチがいて、食事の席で「この子は体が細いから何か運動をしたほうがいい」と言われて、卓球を勧められました。それが卓球を始めたきっかけだと聞かされています。

