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【アーカイブ/Another Story】勝 英雄/大阪に“勝”あり! いくつものわらじで奔走する鉄人プレーヤー

卓球王国2014年5月号掲載[アナザー・ストーリー/勝 英雄]

[Another Story 疾走するアスリートたち]勝 英雄(清友クラブ

かつ・ひでお
1948年8月24日生まれ、大阪府出身。大阪体育大卒。
全日本マスターズ選手権40代(91・92年)優勝
50代(01・03・05年)優勝
60代(09・10年)優勝  65代(13年)優勝

Text & photos by

佐藤祐 Yu Sato

希望は野球、現実は卓球
ずっと野球に縁のない男だった

 全日本マスターズ、そして全日本クラブ選手権の記録や記事で「勝英雄」という名前を目にしたことがあるだろう。「勝って英雄になる」という勝負事のために生まれてきたような名前を持つ男。現在関西学生リーグ1部に在籍する大阪経済法科大の卓球部を立ち上げ、卓球部の監督と大学教授、そして関西学生連盟の役員を務めながら、自身もプレーヤーとして年代別の第一戦で活躍している。そんな鉄人・勝英雄にスポットを当ててみよう。
 勝は大阪生まれの大阪育ち、生粋の浪速の男。幼少の頃から運動が大好きだった少年が、卓球に出合ったのは中学2年と少々遅めだ。実は勝少年がやりたかったスポーツは卓球ではなく野球で、中学1年の時に野球部に入部していたのだ。勝の父はテスト生として阪神タイガースに2年間在籍しており、父の思いを引き継いで勝少年も野球に憧れを持っていた。しかし勝の野球人生はいきなり窮地に追い込まれることになる。学校のグラウンドが小さいからという理由で、入部して1年足らずで野球部が廃部になってしまったのだ。
 「野球部がなくなったけど、何か運動をしたかった。同じクラスの友だちに何人か卓球部がいたので入れてもらいました。1年遅れだからみんな強くて最初は全然ついていけなかったです」。しかし勝は持ち前の運動神経を活かし、3年の時にはレギュラー入りし、5番手ながら団体戦で近畿大会に出場した。そのまま順風満帆に高校でも卓球部を選ぶかと思いきや、進学した高校では再び野球部に入部。勝はまだ野球に未練があったのだ。

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