【アーカイブ/Another Story】木方慎之介/頂に近づき、頂に立てなかった男
卓球王国2012年4月号掲載[アナザー・ストーリー/木方慎之介]
[Another Story 疾走するアスリートたち]木方慎之介(協和発酵キリン)
きほう・しんのすけ
1978年5月20日生まれ、東京都出身。実践学園高時代にインターハイチャンピオンとなり、翌年の97年世界選手権に日本代表として初出場。世界選手権には3回出場した。明治大から協和発酵キリンへ入社し、全日本選手権では11回のランク入り、そのうち、ベスト8以上は7回で、3位3回、2位1回、男子ダブルスでは優勝している。平成23年度全日本選手権で現役を退いた
Text by Noboru Konno
Photographs by Rui Watanabe, Yoshinori Eto & Takeshi Nara

チャンピオンになるチャンスが来た。
しかし、二度目はなかった
2012年1月20日、全日本選手権をあと2日残して、ひとりの男がラケットを置いた。かつて「全日本男」と言われるほど、この歴史ある大会で輝きを放っていた男だ。
木方慎之介、33歳。中学3年の時に推薦で出場して以来、全日本選手権一般の部に19回連続で出場した。高校3年でベスト8に入ったのを皮切りに、選手の称号と言われるベスト16の「ランク」に11回も入っている。そのうち、ベスト8以上は7回で、ベスト4に3年連続入り、準優勝も1回という輝かしい足跡を全日本という舞台に刻んだ。
木方が卓球を始めたのは小学5年生と遅い。もともとサッカーをやっていたが、股関節の病気で2年間ほど運動を禁止された。その後、「ママさん卓球」をやっていた母に連れられ卓球を始めた。
まもなくして、木方は近所の「ウイニングクラブ」に入り、卓球の魅力にとりつかれた。「あの頃は本当に卓球が楽しくてしょうがなかった」。卓球少年は来る日も来る日も卓球場で過ごした。ボールを打っていると時間が経つのを忘れた。クラブ代表の片岡堅次に指導を受け、メキメキと上達した木方。中学校は公立の中野七中(東京)で、卓球場や近くの体育館で大人の猛者、曲者たちに混じり、腕を磨き、中学3年の全国中学校大会では3位に入った。

