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【PEOPLE】立山清敏「父子ダブルスで活躍する九州卓球界の名物選手」

卓球王国2026年10月号掲載

立山清敏[​山鹿市卓球協会]
Text by
小川勇気Yuki Ogawa

 高校1年で卓球を始め、長年努力を続けて、のちに全九州マスターズのチャンピオンとなり、九州卓球界の名物選手となった立山清敏。そのルーツと球歴を語ってもらった。

 立山清敏が卓球を本格的に始めたのは、高校1年の時。実は、中学の時に一度卓球部に入ろうとしたが、最初の練習で同級生に2連敗したことでへそを曲げ、入部しなかったという。本当は卓球をやりたくて仕方なかった立山は、高校入学と同時に卓球部に入部した。

 「1学年上の先輩が、素人の私に入部直後から、毎回ずっと15分間のフットワーク練習をさせてくれたんです。それが私の卓球の基礎ですね。今でもいろいろな人から『立山さん、あんたは動きのよかねえ』と言ってもらえます」(立山)

 中学の市大会で優勝していた同級生にも、高校1年の夏頃には勝てるようになっていたという立山。その後も順調に腕を上げ、高校3年時には県でシングルスベスト4に入るような強い選手を団体戦で破るほどになった。

 それから、「もっと高いレベルでプレーしたい」と考えた立山は、卓球の強豪で知られる東京の私立大を複数校受験したが、あえなくすべて不合格。高校の卓球部顧問の勧めもあり、福岡の九州産業大に進んだ。

 大学でも毎朝4kmのランニングを欠かさず、熱心に練習を積んだ立山。卒業後は、かねてから志望していた地元熊本の山鹿市役所に入庁した。市役所職員となってからも走り込みを続け、高校時代の後輩たちをつかまえては勤務時間外に練習を重ね、いつしか「学生の頃より強くなったのはお前だけ」と友人たちから言われるくらい、実力を伸ばしていった。

 1979年には、福島県で行われた全日本社会人選手権サーティ(現・全日本マスターズ)でベスト8入り。全九州選手権では30代から年齢別の部(現・マスターズの部)でランク入りするようになり、40歳の時にフォーティで初優勝。その後、フィフティ、シックスティでもチャンピオンとなっている。

 そんな立山と10数年、ダブルスを組んでいるパートナーが次男の正邦だ。熊本工業高時代にはシングルスで九州王者、団体戦で国体(現・国民スポーツ大会)少年の部3位という輝かしい実績を残し、名門・早稲田大で主将を務めた。現在は地元の肥後銀行で支店長を務める自慢の息子は、父をこう評する。

「真面目な『卓球バカ』。自分が社会人になって改めて、仕事をしながら卓球で自己最高記録を更新していくすごさを感じました。尊敬しています」(正邦)

その立山父子ペアは、2017年に全九州マスターズの男子ダブルスC(合計年齢100以上)、26年に同D(合計年齢120以上)で優勝。17年は、同大会初の親子優勝だったそうだ。

2026年全九州マスターズでは次男・正邦(左)とのダブルスで2度目の優勝を飾った

 「これからも健康のため、精神鍛錬のため、卓球を続けていきたい」と、楽しげに笑う立山。当初は子どもたちのために建てたという自宅横の練習場を、今は自らがマシン練習を行う特訓基地として活用しながら、喜寿を過ぎた「永遠の卓球少年」は、白球を追い続ける。(文中敬称略)

■ PROFILE たてやま・きよとし
1948年11月13日生まれ、熊本県山鹿市出身。鹿本高、九州産業大卒。山鹿市役所に入庁したのち、農業、観光、福祉などの各部署に勤めながらプレーを続け、フォーティ・フィフティ・シックスティで全九州マスターズシングルスを制覇。2017年と26年には、同大会のダブルスで次男の正邦と組んで優勝。前・山鹿市卓球協会会長(現・相談役)、前・熊本県卓球協会副会長