アジア大会銅メダリストのアラミヤンはなぜ強くなったのか。その秘密をアフシン・バディが語る
卓球王国PLUS独占インタビュー <アフシン・バディ. 元イラン卓球協会専務理事 前編>
アジア競技大会で「違反サービス疑惑」としてネット上を騒がせたイランのメダリスト、ノシャド・アラミヤン。しかし、彼が表彰台に上がれた理由はサービスだけではない。 現在もアメリカ、イスラエルとの緊張が続くイランだが、フランスで卓球を続けるアラミヤン。彼をよく知る元イラン卓球協会の専務理事、アフシン・バディ氏が、同国の卓球事情についてインタビューに応じてくれた。

アフシン・バディ
Afshin Badiee
元イラン卓球協会専務理事・元アジア卓球連合事務局長。ATTU普及・開発担当として、アジア各国のジュニア育成キャンプや指導者講習会を統括してきた。世界で活躍中のノシャド・アラミヤンやベンヤミン・ファラジなどのイラン代表選手を幼少期からマネジメントしている。

Interview by
根っからの卓球ファミリーで、イランに北朝鮮のコーチが来て、弾みがついた
●― アフシンさん、アラミヤンのジュニア時代からのバックグラウンドについて教えてください。
アフシン 私はずっと彼のマネージャーを務めていて、本当に最初の頃から一緒にいました。アラミヤン(ノシャド)やファラジ(ベンヤミン・ファラジ選手)のことなら、私以上に適任の話し相手はいませんよ。私はファラジのマネージャーもやっていますから。
まずはノシャドの経歴からお話ししましょう。 彼は1991年、イランの北部で生まれました。生粋の卓球一家の出身です。叔父は当時のイランでトップクラスの代表選手でしたし、父親も代表Bチームや、何度かAチームのメンバーにも選ばれた実績がありました。まさに根っからの卓球ファミリーです。
彼らは自宅のガレージ(駐車場)に卓球台を置いて、自分たちの小さな練習場を作っていました。ノシャドは4~5歳の頃から卓球に親しんでいました。父親や叔父が練習する際、幼いノシャドも一緒について行っていたんです。そうやってごく幼い頃からラケットに触れていたからこそ、彼はあっという間に卓球選手としてのスキルを向上させました。
彼の成長にはいくつかの重要な転機(マイルストーン)があります。もちろん彼自身が非常に才能豊かで大きな可能性を秘めていたことや、卓球一家で育った環境が大きな影響を与えたのは確かです。 ですが、私にとって彼のスタイルを決定づけた最も大きな転機の一つは「2006年」でした。


