伝説のカリスマ、荘則棟「ふつうの人間のような生活ができなくて、天国に行ったり地獄に堕ちたりしたのが私の人生でした」
[アーカイブ・2003年インタビュー]国家の英雄、失脚、そして投獄。荘則棟、波乱万丈の人生を語る Vol.5
四人組とともに失脚、そして投獄。のちに復活した荘則棟が帰るべきところは、やはり卓球だった。
さらに、佐々木敦子との大ロマンス。
荘則棟の生き様はジェットコースターのように激しく上下しながら、まるで壮大なドラマのように展開していった。
人間というのはその時に良いことだと思ったことでも、必ずしもそれで幸せになれるわけではなく、それが不幸をもたらすこともあります。逆に不幸だと思ったことが幸福を呼ぶこともあるのです

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前陣だけじゃなく、中陣、後陣でもプレーできるほうがもっと全面的にいろんなタイプに対応できる
周恩来、毛沢東が相次いで亡くなり、江青(毛沢東夫人)を中心とする極左グループ「四人組」が逮捕されたのは1976年。四人組に加担したとされた荘則棟は4年間投獄され、その後も北京に戻らず、山西省で審査を受けていた。その間、80年10月から2年4カ月にわたって、荘則棟は山西省の卓球チームのアドバイザーとして卓球の現場に戻った。そのコーチの甲斐あって、山西省チームは力をつけていく。
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技術アドバイザーとして関わっていた山西省を強くするために練習量を2倍にした、というのは強調した言い方で、実際にはいきなり練習量を増やしても選手の体がもたないので、少しずつ増やしていきました。かつ、きょうは7時間やったら明日は6時間に戻してとか、調整しながらやっていきました。
さらに、科学的に訓練することをアドバイスしました。最初に山西省の練習を見た時に、選手たちはうまく体を使ってボールを打っていなかったので効率が悪いなと感じました。それは山西省だけでなくて、当時は、体や足をうまく使わずに手だけで打ってしまう傾向が全国で多く見られたのです。
サービスに関しても、単調で長いサービスだけで短いサービスをあまり入れてないとか、攻める時もフォアハンドだけでバックハンドをあまり使ってないとか、練習する時も技術だけを重視してメンタルをあまり考えないとか、それら直すべき部分をいくつもピックアップして、選手、コーチに提案しました。
たとえば、最初に私は選手たちに「もっと中陣でプレーしてみましょう」と提案したら、監督さんに「何でこんなことをしなければいけないのですか」と言われました。「中国は前陣速攻という伝統があるのに、なぜ後ろに下がらなければいけないのですか」と聞かれたのです。私は荻村伊智朗さんや田中利明さんの卓球を研究していたので、前陣だけじゃなく、中陣、後陣でもプレーできるほうが、もっと全面的にいろんなタイプに対応できると思っていました。

