1950年代の軍拡競争~スポンジ革命~〈その1〉後編
卓球王国2026年5月号掲載「The 1950s Arms Race』 1950年代の軍拡競争~スポンジ革命~〈その1〉より
卓球コラムニストで卓球史研究家として活動する伊藤条太氏が、アメリカの卓球史研究家による記事を翻訳し紹介。1952年世界選手権男子シングルス優勝の佐藤博治が使用した「スポンジラバー」が世界の卓球界に衝撃を与え、そこから巻き起こった「スポンジ革命」について、綿密な取材と調査にもとづき深掘りした興味深い内容となっている。
●1950年代の軍拡競争~スポンジ革命~〈その1〉前編はコチラ
Text by Steve Grant
Translated by Jota Ito
■Profile Steve Grant スティーブ・グラント
著書に『Ping Pong Fever、The Madness that Swept 1902 America』(2012年)がある。また、2023年9月に『TABLE TENNIS HISTORY』を創刊し、年に3冊のペースでインターネットで発表し続けている。

「日本人が一枚ラバーの優位性を知れば、スポンジは自然消滅し、もはや風呂場でしか見られなくなるだろう」
エルマー・ジェトヴァイ(後にスポンジに転向)
アームストロングの特許より前から使われていたスポンジ。その貴重な証言
先述したように、スポンジは力蔵の特許より何年も前から他国でも使われていた。それでは誰がスポンジを発明したと言えるのだろう?『テーブルテニス・コレクター』編集者のチャック・ホイは、第46号でこの問題に触れて、1954年にジェイクス・スポーツ用品社がITTF会長のアイボア・モンタギュー宛てに出した手紙を紹介している。それは、おそらく1930年代にモンタギューが同社から買ったスポンジ貼りラケットの回収を依頼する手紙で、その中で、モンタギューがスポンジを発案したかどうかを聞いている。あいにくその質問に対するモンタギューの返事は見つかっていない。

