【セカンドキャリア】松下英司「すべては人との出会いに恵まれ、繋いでもらった縁のおかげです」
松下英司[元全日本ランカー/レゾナック卓球部監督]
卓球王国2026年8月号掲載 vol.32
鹿児島で卓球を始め、宮崎で高校時代を過ごした松下英司。東京の早稲田大学に進学し、協和発酵時代には全日本ランカーにもなり、現役引退後は大阪への転勤も経験した。退社後は北海道の留萌で指導者としての実績を積み、2026年4月、実業団チームの監督として茨城の地に降り立った。
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[まつした・えいし]
1973年4月10日生まれ、鹿児島県出水市出身。出水中から宮崎工業高に進み、全日本選手権ジュニア3位。早稲田大から協和発酵(現・協和キリン)に入社し、全日本選手権で2度のランク(ベスト16)入りを果たす。2019年に退社し、2020年にVICTASに入社。2021年に北海道留萌市に出向し、卓球の指導を5年間続け、2026年4月から日本リーグ加盟のレゾナック卓球部監督に就任
私の歩んだ道は決して自分自身の実力だけで切り拓いたものではない
鹿児島県出水市で生まれた松下英司が卓球を始めたのは小学4年生の時。小学6年で全日本ホープスに出場し、出水中でも全国中学校大会と全日本カデットに出場。宮崎工業高時代には全日本ジュニアで3位入賞を果たす。早稲田大を経て協和発酵(現・協和キリン)に入社後、全日本のシングルスで2度のランク(ベスト16)入りを果たすなど活躍した。
現役引退後は大阪への転勤を経て、協和発酵卓球スクールで子どもたちを指導。2019年に退社し、翌2020年に卓球メーカーのVICTASに入社した。その後、北海道留萌市への出向を経て、今年4月から茨城の名門実業団チーム・レゾナックの監督に就任した。
グイグイと自分をアピールするタイプではない。温和な性格で、人に好かれるタイプなのだろう。鹿児島で生まれ、北海道でも経験を積んだ松下英司の、新たな挑戦が始まる。
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卓球との出合いは小学校4年生の終わり頃でした。豊重勝徳先生に「卓球をやってみないか」と誘われたのがきっかけです。
放課後に、豊重先生に卓球を教えていただき、進学した中学校でも卓球部に入りました。月に1回ほど豊重先生に見ていただきながら、基本的には自分たちで試行錯誤しながら練習するような環境でしたね。
転機となったのは高校進学です。中学時代、宮崎工業高の丸田哲生先生が、わざわざ宮崎から毎週のように熱心に通ってきてくださり、その誠意に心を打たれて入学を決めました。高校2年の時に全日本ジュニアで3位に入ることができ、その実績のおかげで早稲田大学へ進学させていただきました。

