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[ロンドンは何を語るのか]不動と激動、世界卓球100年の現在地 -後編

卓球王国2026年8月号掲載

Text by
柳澤 太朗Taro Yanagisawa

世界卓球は09年横浜大会から17大会連続出場(取材)。
100周年大会を取材するべく、ロンドンへと飛んだ副編集長・柳澤太朗。
コートサイドを駆けずり回り、印象に残ったワンシーンから、
世界卓球の「不動」と「激動」を切り取ってみた。

〘不動〙国の名誉を背負い、チームのために戦う。
今も変わらぬ世界卓球という伝統の「大舞台」が持つ力

 多くのものが変わりゆく世界卓球だが、やはり100年の伝統を持つ舞台には不動の価値がある。加えて100周年の今大会が団体戦で良かったと改めて感じる。純粋に国の名誉をかけて、選手たちが全力を尽くす団体戦はやはり魅力的だ。

 「世界卓球は周りの選手たちの目の色が違いますね。大きな舞台で戦っているんだなと感じましたし、どのチームもより団結して戦おうとしているのが伝わりました」。世界卓球団体戦に初出場した橋本帆乃香は、ロンドン大会の印象についてそう語る。

 選手を変える世界卓球の力、そして団体戦の力を強く感じさせた選手が孫穎莎(中国)だ。

 日本と中国が激突した女子団体決勝。日本はトップで張本美和が勇気あるバックハンドのストレート攻撃で、王曼昱のフォアを打ち抜いて先制。3番では橋本帆乃香が、必死に粘る蒯曼をさらに上回る鉄壁のカットで勝ち切った。

 前回の釜山大会に続き、2−1で優勝に王手をかけた日本。しかし、迎えた4番で孫穎莎が見せたプレーは「凄まじい」のひと言だった。2017年のジャパンオープンからもう10年ほど彼女のプレーを見てきたが、この決勝4番での孫穎莎が「今まで見た中で一番強かった」と断言できる。

まさに鬼神(きしん)のごとき強さを見せた孫穎莎

 コースと回転、長短と緩急、あらゆる要素を自在にコントロールして戦う姿は、まさに史上最強の女子選手。世界卓球2連覇の絶対女王がここまで本気になるのかと、世界卓球という舞台の持つ重みを改めて感じた一戦だ。RPG(ロールプレイングゲーム)で言えば、「これでエンディングか」と思われた扉の奥にとんでもない「ラスボス」がいたような絶望感。しかし、孫穎莎をここまで本気にさせたのは紛れもなく張本美和という選手の力であり、先に2点を奪った日本女子チームの総合力だ。

 「悔しい気持ちとうれしい気持ちが半々。もうちょっと4番で爪痕を残したかった」。張本美和は決勝後にそう語ったが、そびえ立つ高い壁であっても、「あの孫穎莎にどうやったら勝てるか」を常に考え、さらなる高みを目指してもらいたい。最後の扉はもう開かれているのだから。

「もうちょっと4番で爪痕(つめあと)を残したかった」と決勝後に語った張本美和

 孫穎莎と同様、中国のピンチを救った梁靖崑も世界卓球という大舞台で鮮やかに甦った。

 大会序盤は黒星を重ねたが、準々決勝の韓国戦3番で安宰賢を破って復活の気配を感じさせ、準決勝のフランス戦3番ではA・ルブランに対し、ゲームカウント0−2の9−10から大逆転。歓喜を爆発させた。

 そして決勝の日本戦トップ、張本智和戦では最終ゲーム3−8から驚異の8点連取。「ぼくは試合で多くを考えることはしない。次の1球で良いプレーをすることだけだ」と本人が語るとおり、ひたすら堅実にストップ・ツッツキとブロックで、相手コートにボールを運んだ。

 張本は決勝後に試合を振り返り、「速さに関してはぼくのほうがあったけど、『厚み』がなかった」と述べている。しかし、特にバックサイドでの攻守の「厚み」という点では、張本もまた世界の「トップ・オブ・トップ」だろう。常に相手より1本多く返し、驚異の逆転劇を演じるところを何度も見てきた。

 今回は梁靖崑に心理戦の「沼」に引きずり込まれた感があったが、「同じことが張本にもできるはず」というのが試合後の感想だった。痛恨の敗戦ではあったが、今回の敗戦の教訓を今後のプレーに生かしていけば、必ずまたチャンスは訪れる。

「流れを断ち切る実力ある一本を打てなかった」と梁靖崑戦を振り返った張本(写真右)

 梁靖崑は決勝を戦い終えたミックスゾーンで「家に帰ってゆっくり休み、子どもたちとすごしたい」と語った。そしてもうひとり、解放感に浸ったであろう人物が中国男子の王皓監督だ。ロンドンでは連日眠れぬ夜を過ごし、ベンチでの表情は硬さを増すばかり。日本との決勝前夜は1時間ほどしか眠ることができなかったと帰国後のインタビューで語っている。

ベンチで厳しい表情を見せる中国男子の王皓監督

 しかし、決勝2番で王楚欽が松島輝空を破った直後、王皓の口角がわずかに上り、笑みが浮かぶのを必死でこらえているように見えた。「まだ勝負はついていないぞ」と感じたのだが、残念ながら今回は中国が勝利。日本は28年福岡大会でリベンジを果たし、地元出身の岸川聖也監督を胴上げしたい。

 2年後のロサンゼルス五輪で、団体戦は混合団体のみの開催となる。男女団体を行う世界卓球団体戦の価値はしばらく「不動」のものだろう。

 今後、WTTがツアー大会として完全に定着し、グランドスマッシュがテニスのグランドスラムのようなビッグゲームになれば、世界卓球はテニスの「国別対抗戦」のように団体戦だけが残される。そんな未来もあるのかもしれない。

〘激動〙「多様性」が魅力だったヨーロッパの女子チーム
「不死鳥」ドイツの活躍に拍手!

 ロンドン大会で最も喜怒哀楽を前面に出し、大会を楽しんだのはドイツ女子チームだろう。

 両足のアキレス腱を切りながらコートに復帰した「鉄人チョッパー」ハン・インと、バックアンチラバーへのモデルチェンジで、34歳にして世界トップ10入りを果たしたヴィンター。「不死鳥」のようなふたりのベテランに、強打者のミッテルハム、眼光鋭い左の「スナイパー」カウフマン、パリ五輪で美人選手として話題を集めたフォア表のワン・ユエン。

 年齢も戦型もバラバラで、かつての世界卓球にはない「多様性(ダイバーシティ)」を体現する超個性派チームだが、チームワークは抜群。中国系がふたりいるが、ハン・インは中国出身で、ワン・ユエンはドイツ育ちの2世選手だ。

 ヴィンターは今大会で注目していた選手のひとりだが、印象的なのは素晴らしい脚力。準々決勝の香港戦で勝利し、選手全員が手を繋いで歓喜のジャンプをした時、ヴィンターのあまりの跳躍力に隣のワン・ユエンの肩が抜けそうだった。

ヴィンター(右から2番目)の跳躍力が垣間(かいま)見えた瞬間。ワン・ユエンの左肩は大丈夫だっただろうか……

 オールフォアで動けるほどの脚力とフットワークがあるからこそ、バック面のアンチラバーが相乗効果を発揮する。彼女に影響され、「バックが苦手だから」という理由だけでアンチラバーに変えるのはやめたほうが良さそうだ。

 今大会はベスト8だったが、ドイツのライバルであるフランスも、両親がインドにルーツを持つパヴァデ、中国・河南省出身のユエン・ジアナンが主力の多様性のチーム。カミーユとシャルロットのルッツ姉妹は、ドイツとの国境に近いアルザス地方の小さな街、オクフェルダンの出身だ。

フランス女子チームの3番手として活躍したシャルロット・ルッツ

 ちなみに多様性ということでは、まず開催地であるロンドンからして人種の宝庫。街を歩くと白人、黒人、インド系、アジア系、イスラム系とありとあらゆる人種が歩いていた。

 『シャーロック・ホームズ』の世界に出てくるような英国紳士は、もはや日本の「サムライ」のような存在か。唯一、会場を訪れたエディンバラ公(プリンス・エドワード/国王チャールズ3世の弟)の背筋の伸びた佇まいに、往年の英国紳士の風格を感じた。

会場を訪れたエディンバラ公(右)。左はITTFのペトラ・ゾーイング会長