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日本男子の革命は2002年から始まった。[挑戦の地へ。]

卓球王国2003年2月号 【アーカイブ】挑戦の地へ。 Vol.1

Japanese raw gems polished in Germany!

ドイツで磨かれる日本の原石、18歳坂本竜介、15歳岸川聖也の奮戦リポート

挑戦の地へ。
A Place of Challenge

 

そこには日本の希望と未来があるのかもしれない。
日本卓球界の初の試みとして、ふたりの有望なジュニア選手が海を渡り、ドイツで生活し、練習に打ち込み、そして世界最高峰のプロリーグ・ブンデスリーガに挑戦している。
有望なジュニア選手の宝庫と言われる日本。国際舞台でもまれながら、技術だけでなく、精神的にも成長している坂本竜介と岸川聖也。信じよう。挑戦の地ドイツが、彼らにとっての約束の地になることを。

<2002年秋取材>
Photo 高橋和幸

Text by

今野昇Noboru Konno

坂本竜介、岸川聖也。2002年に二人の日本の少年がドイツに渡った。1990年代から2000年初頭にかけて日本の卓球は低迷の時期にあった。
テレビでは「天才卓球少女・愛ちゃん」が話題になっていたが、日本は男女で成績が振るわず、世界との距離は広がるばかりで、中国からの帰化選手の存在で世界でメダルを獲ることがあっても、日本選手のレベルは低かった。
マリオ・アミズィッチというヨーロッパでは有名だったプロコーチの元、二人の少年は名門「ボルシア・デュッセルドルフ」で腕を磨いた。日本卓球協会、選手たちの母体、そしてアミズィッチなど、環境を整えたタマス社のチームプレーだった。翌年に水谷隼と高木和卓も加わった「ドイツ組」が日本の卓球を変えたのだ。

ボルシア・デュッセルドルフのクラブハウス兼練習場を出る坂本竜介と岸川聖也。クラブの練習場とアパートは歩いて10分ほど。毎日、歩いて通っている

午前の練習が終わると昼過ぎにはアパートに家庭教師が訪れ、テキストを使いながら授業が始まる。卓球と勉強の両立は簡単ではない

パソコンを開き、メールをチェックする坂本。外国に住む選手にとって、メールでのやりとりは日常の楽しみのひとつなのだ

自立していくための生活 

 かつて、世界のトップクラスが集まるドイツのブンデスリーガに挑戦したのは松下浩二、田崎俊雄、鬼頭明、内藤和子というすでに国内でかなりの実績を残したシニア(一般)選手だった。ところが、今回ドイツに滞在し、ブンデスリーガの2部リーグと3部リーグに挑戦するのは18歳の坂本竜介(青森山田高3年)と15歳の岸川聖也(仙台育英秀光中3年)のふたりのジュニア選手だ。

 彼らの渡独は、JOC(日本オリンピック委員会)のスポーツ振興基金でサポートされ、さらにふたりの所属する青森山田学園と仙台育英学園、日本卓球協会が全面的にバックアップしている。ドイツのデュッセルドルフに定住。名門クラブ『ボルシア・デュッセルドルフ』で練習し、男子ジュニアコーチのマリオ・アミズィッチがつきっきりで指導に当たる。

 日本卓球界にとって初の試みであり、それだけに期待も大きい。高校まではレベルの高い日本のジュニア選手だが、特に男子では高校卒業後に大学での伸び悩み、モチベーションの低下が長い間指摘され、世界の舞台で活躍できる選手が出てこない状況が続いていた。その行き詰まった状況を打破するために、才能ある若手を中学、高校の時からヨーロッパに送り込もうという大胆なプロジェクトが今回実現した。これは99年から日本の男子ジュニアコーチに就任したアミズィッチがいたからこそ実現したことであり、今後の日本の卓球界を占う決断と言えるだろう。

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